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名古屋高等裁判所 昭和50年(う)176号 判決 1975年8月28日

本店所在地

岐阜市元町一丁目一〇番地の一

岐阜ヤクルト株式会社

右代表者代表取締役

田中久雄

本籍並びに住居

岐阜市城前町二丁目一一番地

会社役員

田中久雄

大正二年六月二日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和五〇年三月二九日岐阜地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官関口昌辰出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人平塚子之一、同竹原精太郎共同作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の論旨について

所論は多岐に亘るが、要するに本件は、被告会社が昭和四一年一二月二七日になした法人税の確定申告に関し、所轄税務署の調査があった際、被告人田中がこれに応じ架空名義定期預金通帳を任意提出したところ、これを端緒として国税犯則取締法による査察が開始され、告発を経て起訴されるに至つたもので、右のごとく法人税法による調査の段階で提出された資料を基礎として、犯罪捜査のための証拠資料を収集することは、法人税法一五六条の禁ずるところであると解されるにもかかわらず、右法条に反する違法な査察、捜査の手続によつて収集された証拠を採用し、これを有罪認定の資料に供した原判決には、訴訟手続の法令違反がある、というに帰着する。

所論にかんがみ記録を調査して勘案するに、原審証人平田登の供述(第一一回公判)、同飯島功一の供述(第六回公判)等関係各証拠に徴すると、なるほど本件は、所論指摘の所轄税務署による調査に際して、被告人田中から税理士飯島功一を介して架空名義定期預金証書等を同署の当該職員に対して提示したところ、これが端緒となつて収税官吏により犯則事件が探知されるに至り、国税犯則取締法による犯則事件としての調査が開始され、告発、捜査の過程を経て起訴されるに至つたものであると認められる。

ところで法人税法一五三条乃至一五五条により当該職員が法人税に関する調査のために行う質問若しくは検査は、各種税法上において規定されている質問検査権の場合と同じく、同法所定の租税の賦課、徴収を適正ならしめるために納税義務者等に対しなされる純然たる行政手続である(しかもこれに応じない場合は罰則の適用をも伴うものである)から、かかる行政目的を逸脱して、同法所定の調査の場合と全くその目的性格を異にする犯則調査のための手段として、若しくは犯罪捜査を有利に行わんがために右の質問検査権を行使し、調査に藉口して証拠資料を収集するがごときことの許されないものであることは、憲法三五条、三八条の法意に照らし、蓋し当然の事理であるというべく、所論指摘の法人税法一五六条は、各種税法上の同旨の規定と同様、右の当然の事理を明確化したものであると解される。しかしながら右法条が、税務調査中に犯則事件が探知された場合に、これが端緒となつて収税官吏による犯則事件としての調査に移行することをも禁ずる趣旨のものと解し得ないものであることは、前示の該法条の法意に徴じ多言を要しないところであろう。

しかして、本件の場合法人税法に基く質問調査権を犯則調査若しくは犯罪捜査のための手段として行使したことを窺わしめるがごとき資料は、記録中にこれを見出すことができず、もとより前示所轄税務署における調査の過程の中で、収税官吏による犯則事件の調査に移行したことをもつて違法不当たらしめる事由も見出しえない。また原判決が挙示する各証拠を検討するに、これらはいずれも右所轄税務署における調査により収集されたものではなく、国税犯則取締法に基く適法な調査の結果収集された資料を基礎としたものか、或いは刑訴法の規定に基く証拠資料であることが明認できるのであるから、所論はその前提を欠き採用できない。なお記録を検討するに、本件の場合、税務調査担当の当該職員について、所論が論旨に付随して論難する、守秘義務違反の問題を生ずる余地はなく、また審理不尽の廉も認められない。論旨は全て理由がない。

控訴趣意中、事実誤認の論旨について。

本所論もまた多岐に亘るが、要するに、原判決は昭和三九年一一月一日から昭和四〇年一〇月三一日まで及び昭和四〇年一一月一日から昭和四一年一〇月三一日までの各事業年度における犯則金額中に、収入利子として前者につき一〇七万四、四四九円、後者につき一三八万八、三九四円を認定計上したが、右収入利子の元本債権である架空名義定期預金は、被告会社に帰属するものではなく、全て被告人田中個人に帰属するものであるから、右収入利子はいずれも被告会社の犯則金とはなりえないものである、しかるに、原判決が信憑性の乏しい被告人田中の上申書、同人の大蔵事務官に対する質問てん末書等を採用して、右架空名義定期預金を被告会社に帰属するものと認定し、これを前提として前記各収入利子を当該事業年度における各犯則金額中に認定計上したのは、証拠の取捨判断を誤つた結果、事実を誤認したものである、というに帰着する。

しかしながら、原判決挙示の関係各証拠を総合すれば、前記架空名義定期預金を被告会社に帰属するものと認定し、各収入利子を当該事業年度における犯則金額中に認定計上した原判決の事実認定は、所論にかかわらずこれを肯認するに十分である。

所論は、被告人田中の大蔵事務官に対する各質問てん末書、上申書等が信憑性に乏しいものである旨主張するが、同被告人の大蔵事務官に対する昭和四二年三月九日附、三月一一日附、一一月二七日附及び昭和四三年二月一二日附各質問てん末書並びに上申書(二通)中、前記架空名義定期預金が、被告会社に帰属するものであることを認める趣旨の同被告人の供述部分は、いずれもその内容に不自然不合理な点がなく、高木旻、吉田銘一、飯島功一らの検察官に対する各供述調書等爾余の関係証拠ともよく符合しており、また原審証人飯島功一の右上申書の作成経緯に関する供述(第七回及び第二九回公判)等に徴し、いずれも措信するに足りるものと認められる。

しかして、前記上申書添付の定期預金内訳表、受取利息内訳表及びこれに対応する各銀行職員作成の預金証明書等によつて、本件各収入利子の元本債権である架空名義定期預金の存在が明認できるのであるが、これを含む前記架空名義定期預金が、いずれも被告会社設立後に預け入れられたものであること、証拠上認めうる被告人田中個人の収入と対比して、預金の口座数も多く、個々の預金額が多額であるばかりか各期末残高の増加が巨額にのぼり被告人個人の収入がその資金源であるとした場合は、とうていその関係を合理的に説明しえないものと認められること、更には右定期預金の利用方法をみても、被告会社のため担保として利用されたことは証拠上認められるが、被告人田中個人の用に供された事実は認められないことなどの諸徴憑を併せ考えると、これら架空名義定期預金を全て被告会社に帰属するものと認定したうえ、当該各事業年度に対応する収入利子を各犯則金額に認定計上した原判決の事実認定は、正当としてこれを是認すべきものである。被告人田中の原審公判廷における供述中、所論にそい原審認定に抵触する部分、ことに右架空名義定期預金が同被告人個人に帰属するものである旨の供述部分は、右預金との結びつきの関係について具体的な説明をなしえないものであり、また前掲各証拠及び原審証人平田登の供述(第一一回乃至第一三回及び第二二回公判)と対比してたやすく措信できず、他に原審認定を左右するに足りる措信しうる証拠はない。所論はひつきよう措信しえない右被告人田中の原審公判廷における供述等に依拠して、原判決が適法になした証拠の取捨判断を非難し、ひいて事実誤認を主張するものであつてとうてい採用できない。なお本件において原審が損益計算法により利益計算をなしたことは関係証拠に徴しもとより正当であると認められ、また記録によれば、被告人及び弁護人において修正貸借対照表を閲覧しその内容を知悉したうえこれに基き関係証人の尋問等をなしたことが窺知されるので、本件収入利子及び架空名義定期預金に関する証拠調に関し、審理不尽の廉は毫も認められない。本論旨もまた全て理由がない。

よつて刑訴法三九六条により、本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斉藤壽 裁判官 伊沢行夫 裁判官 上野精)

昭和五〇年(う)第一七六号

刑事第二部

控訴趣意書

法人税法違反 岐阜ヤクルト株式会社

右代表者代表取締役

田中久雄

田中久雄

法人税法違反

右者らに対する頭書被告事件につき被告人らから申立てた控訴の趣意は左記のとおりであります。

昭和五〇年五月二八日

被告人ら両名弁護人弁護士 平塚子之一

〃 竹原精太郎

名古屋高等裁判所刑事第二部 御中

原判決は公訴事実を全面的に認容し被告会社岐阜ヤクルト株式会社を罰金二〇〇万円に、被告人田中久雄を懲役六月に処し、被告人田中久雄に対し三年間刑の執行を猶予する旨言渡した。

しかしながら原判決は以下開陳する理由により判決に影響を及ぼす訴訟手続の法令違反、事実の誤認があつて破棄を免れないと思料いたします。

一、 原判決の認定した罪となるべき事実並に事案(特に争点を中心として)の概要

(一)判示罪となるべき事実

原判決は理由(罪となるべき事実)として

被告人岐阜ヤクルト株式会社(昭和四一年九月九日以前は株式会社ヤクルト岐阜工場と称する以下単に被告会社という)は岐阜市東材木町三番地に本店を有し(当時)、ヤクルトの製造販売業を営むもの、被告人田中久雄(以下単に被告人という)は被告会社の代表取締役として被告会社の業務全般を統轄しているものであるが、被告人は被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、決算書に架空の広告宣伝費、修繕費、消耗品費などを計上し仮払金を計上しないなどの不正の行為により所得の一部を秘匿したうえ

第一、昭和三九年一一月一日から昭和四〇年一〇月三一日までの事業年度における被告会社の所得金額が二五、三一四、九五二円でありこれに対する法人税額が八、八九五、七〇〇円であるのにかかわらず、昭和四〇年一二月二八日所轄岐阜北税務署長に対し、被告会社の右事業年度における所得金額が八、八〇二、五三一円である旨虚偽の法人税確定申告書を提出し、よつて被告会社の同事業年度における法人税額五、八一八、七〇〇円を免れた。

第二、昭和四〇年一一月一日から昭和四一年一〇月三一日までの事業年度における被告会社の所得金額が二六、六〇三、七〇八円であり、これに対する法人税額が九、二八六、五〇〇円であるのにかかわらず、昭和四一年一二月二七日所轄北税務署長に対し、被告会社の右事業年度における所得金額が一三、〇九五、六八二円であり、これに対する法人税額が四、四二三、八五〇円である旨虚偽の法人税確定申告書を提出し、よつて被告会社の同事業年度における法人税額四、八六二、六〇〇円を免れた

ものである(別紙第一ないし第六表参照)別表掲示省略=弁護人

として所要の法条を適用を為しております。

(二)事案の概要(特に争点を中心として)

被告人田中久雄は昭和三八年一月以前(本件公訴事実は昭和三九年一一月一日より同四〇年一〇月三一日までのいわゆる四〇年度及び次年度同期の四一年度に限定されている)より曽我一郎等三十数名の架空名義を用いて岐阜商工信用組合、大東共立銀行岐阜支店、東海銀行岐阜駅前支店等に対して定期預金を為していた。その合計額は

昭和三八年一〇月三一日現在 一四、七〇〇、〇〇〇円

同 三九年一〇月三一日現在 二〇、九〇〇、〇〇〇円

同 四〇年一〇月三一日現在 三〇、二八一、〇三四円

同 四一年一〇月三一日現在 三七、三五一、六八二円

に達しており、これら仮空名義定期預金のそもそもの資金源は被告人がヤクルト販売事業を法人組織とする以前に有していた千葉、九州等におけるヤクルト販売権(或る地域で一手に販売する権利)を売却した代金その他被告人田中個人役員たるその家族の給与等が宛てられていたものであります。これらの架空名義定期預金が、被告人の主張する如く被告人個人に帰属するものであるか、或いは検察官=国税局の主張する如く岐阜ヤクルト株式会社に帰属するものであるかがこの法人税法違反事件の争点であります。原判決はこれを会社に帰属すると認定している如くでありますが、その冒頭で説示している「広告宣伝費、修繕費、消耗品費等」の架空計上の認定の如きは前記架空名義定期預金が法人に属するものでなく被告人田中久雄に属するものとせば雲散霧消するのであります。

原判決はこの点を明にするところはありませんが、検察官=国税局側に左祖していることは原判決添付の別表、第一、二表四、五表に当該年度の収入利子を計上しその内訳として前記架空名義定期預金利子に該当する分を逋脱所得として計上していることによって明瞭であります。簿記会計法上当然のこととして前記架空名義定期預金は貸借対照表上当該年度の会社資産として計上されている訳であろうと思います(公判廷に証拠として提出を求めましたが審問の最後まで貸借対照表を証拠として提出されませんでしたのでこのような推論になります)

而して本件は国税査察官の査察によって出発した案件であります。その査察の端緒は前述した架空名義定期預金の存在であったと思料されますけれども架空名義定期預金の存在自体は岐阜北税務署係官の調査の段階で同係官の慫慂により被告人田中久雄が自ら進んで申告していたのであります。この税務署係官に対する申告がいかなる経路により査察官の手に入ったのかは不明(これを明かにするための証拠申請は却下)であります。

被告人らはこのペテンの如き国税査察官の違法な査察(法人税法第一五六条違反)に対して不信の念を禁じ得ないのであります。

二、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反の訴訟手続存在の主張

(一)本件は昭和四一年一二月二七日の被告会社の確定申告に対し、翌年一月所轄北税務署員による当該申告の調査を受けつつあった段階で同税務署員の求めに応じ、被告人田中久雄の手裡にあった架空名義定期預金通帳の提出を求められ、総額約三、七三五万円に上っていた十数冊の通帳を調査の参考資料として提出したところ、昭和四二年三月名古屋国税局査察官より、国税犯則取締法による査察を受け、昭和四三年三月二九日告発されるところとなり刑事訴訟手続により検察官の捜査を受け公訴提起を受けた案件であります。

国税査察官の査察の端緒がいかなる事項であったのかは公判廷において検察官から遂に明確にされず、被告人側からのこの点の究明努力のための立証(証人申請)も却下された儘本判決となった状況であります。

しかし、被告人田中久雄によって任意提出された十数冊の架空名義定期預金通帳が、或いはその一覧表が岐阜北税務署係員から査察官に手交されこれが査察の極めて有力な資料となつたであろうことは、通常の理念を以ってすれば決して無理な推測でなかろうと信じます。寧ろそう推理しないのが不思議であろうと思料されます。而して右の架空名義定期預金通帳が昭和四二年一月被告人田中久雄に属するものとして、被告人田中久雄から岐阜北税務署員に提出されていることは当法廷における証人飯島功一の証言(記録自第一七二八丁至第一七三九丁)被告人田中久雄の当法廷における供述(記録自第一五九一丁第一五九六丁)によって明瞭であります。

繰り返しますと約三七三五万円の架空名義定期預金の存在は昭和四二年一月頃「岐阜北税務署員による昭和四一年度確定申告についての調査」の時点で架空名義定期一覧表として税理士飯島功一を介して被告人から提出してあったのであります。即ち査察に着手する以前に被告人田中久雄から質問に応える形で任意提出してあったものであります。

ところで法人税法第一五六条は「前三条の規定による質問又は検査の権限は犯罪捜査のため認められたものと解してはならない」と規定しています。前三条とは税務署員が法人税に関する調査についてする質問、検査を為すことができるとする権限規定でありますから、この質問検査に応じて為された応答、並び提出された資料は犯罪捜査に使用してはならないと解せられるのであります。勿論査察は直接の犯罪捜査ではありませんが、告発(刑事訴訟による捜査権の発動)を予定しているものでその目的とするところは国税の徴求を目とする調査に対し国税逋脱犯犯人と逋脱事実の究明を主たる目的とする手続であります。そして具体的の本件はその結果として告発が為され刑事訴訟法による犯罪捜査が為されているのであって、調査の段階で任意提出された資料が犯罪捜査の資料とされているのであります。即ち明らかに法人税法第一五六条に反する結果を招来しているのであります。

そもそも法人税法第一五六条の法意は実際問題として何なのでありましょうか、単なる訓示的規定と思料されないことは当然であります。思いますに法人税法第一五三条第一五四条第一五五条に定めた質問調査の権限は刑事罰則を伴う強権なのであります。即ち同法第一六二条によれば「次の各号の一に該当する者は一年以下の懲役又は二〇万円以下の罰金に処す」とし同条第二号は「第一五三条又は第一五四条第一五五条の規定による当該職員の質問に対して答弁せず、若しくは偽りの答弁をし又はこれらの規定による検査を拒み、妨げ若しくは忌避した者」と規定されているところであります。決して任意に任されてはいないのであります。されば斯の如き徴税目的のため、強権の下に作成された質問に対する答弁、検査の結果が同時に犯罪の資料として利用されることについては矛盾撞着があるからというところに由来するもの、その上国税犯則取締法による査察官の処分は犯罪捜査という明瞭な状況にないとしても、犯則事件の調査であり犯則があつた場合は告発しなければならないとされており、犯罪捜査の前段階と解すべきものと考えます。準犯罪捜査と称しても差支えなく、しかも準犯罪捜査でありながら憲法上の大原則たる黙秘権の告知もなしに執行される手続でありますから、この種手続に対する譲歩として策定されたものと思料されるのであります。兎に角刑罰を担保として得た調査、検査の結果を更に犯罪の証明資料として利用することは少くとも合理的の理由を欠くと思料されます。然るが故に調査の段階即ち犯罪(質問検査権に対する罰則)を担保として取集した資料は犯罪の資料たり得ないとしたことが法人税法第一五六条の法意と信ずるのであります。そう考える以外法人税法第一五六条の法意は考えられないと思います。

既に述べたように査察官による査察が準犯罪捜査とするなら、法人税法上の質問検査権により知ることのできた資料を国犯法上の資料とし刑事訴訟上の証拠として流用することは、恰かも法人税法上の調査官と国犯法上の査察官とが合同して調査を行つたことと同一であり、その資料を証拠として利用することであつて、正に法人税法第一五六条の禁ずるところであろうと信じます。

又法人税法の当該職員即ち調査官は守秘義務が課せられており、当該職員の当該調査により知り得た事実は当該職員以外査察官をも含め何人にも話すことは禁止されているところでもあります。

成る程公判廷で証拠資料として提出してある被告人から名古屋国税局収税官吏大蔵事務官平田登宛上申書に添付提出にかかる定期預金内訳表(記録自第七四九丁至第七五二丁)は査察を受けた後である。昭和四三年二月二日付作成提出したことになつていますが、その実体は岐阜北税務署員の昭和四一年度確定申告についての調査の際、その求めに応じ任意提出したもので、その提出日時は昭和四二年一月頃のことであること。前掲証人飯島功一の証言、被告人田中久雄の当法廷における供述により明瞭であります。強いて異同を申述べるなら岐阜北税務署員に提出した際は、被告人田中久雄に属するものとして提出し、前記大蔵事務官平田登宛提出書面は、岐阜ヤクルト株式会社に属するものとして提出させられているのでありますが、その計数自体は全く同一のものなのであります。つまり法人税法の質問検査権に対する答弁は、被告人田中久雄個人のものであるとされていたものが査察の調査により会社のものとさせられたもので後者が正しいという証拠もなければ前者が誤りであるという証明もされていないのであります。

而して諸般の情況から勘按して本件査察-告発-刑事訴訟手続即ち合一して犯罪捜査を受けるに至つた最大の容疑は総額三、七三五万円に上つた架空名義定期預金が会社帰属財産なるに拘らず、これを前提とする申告をしなかった。逋脱したというにあることは検察官や国税査察官の釈明がないに拘らず、先づ間違いないところと察せられるところであります。

そうだとすれば本件犯罪捜査(査察→告発→刑事捜査手続)は前記法人税法第一五六条を全く無視し資料たり得ないものを捜査資料として使用した違法な捜査であると思料されるところであります。法令違反の訴訟手続であると思料する所以であります。因みに被告人らは本件において架空名義定期預金の帰属即ち被告人田中久雄に属するのか、岐阜ヤクルト株式会社に属するのかが、最大にして最重要な争点と思料しているのでありますが、架空名義定期預金が仮に会社に属するとしても、それは前記法上資産、負債勘定であるので、修正貸借対照表、即ち国税査察官作成に係る貸借対照表が証拠資料として法廷に提出されない(提出を求めても最後まで拒否された-後述)以上或る程度暗中模索の状態だつたのでありましたけれども、検察官冒頭陳述書添付の修正損益計算書並にほ脱所得損益計算書によれば、各年度において年間一〇〇万円を超ゆる収入利子が逋脱額として算出計上されています。この利子を逋脱額として算出されていることによりその元本たるものが存在していることが判明し、その明細表からいわゆる被告人が岐阜北税務署員の調査の際こそ、求めに応じて被告人田中久雄に属するものとして、昭和四二年一月任意提出した架空名義定期預金は会社帰属であると認定されていることが判明した訳であり、原判決が右の検察官主張に左祖したと目せられること前述のとおりであります。その数額は収入利子額の合計のみが計上されているため、元本額の正確な数額は修正損益計算書のみをもつてしては不明であり、既数を以つて表現せざるを得ないところであります。

(二)法人税法第一五六条の条文は昭和四〇年三月の法人税法全文改正の際に新しく設けられた条文であり、その法意についての決定的定説はない現況であります。既に裁判所に参考として差出してあります東海税理士会報第一二一号六丁に展開されている議論並に第一法規より出版されている横浜国立大学教授沼田嘉穂、中央大学講師明里長太郎、成蹊大学教授武田昌輔編著にかかる「会社税務釈義」五一〇九頁(記録自一九〇五丁至第一九一七丁)によれば「このような制約に反した場合にどうなるか、つまり税法上の質問検査によつて取得された陳述又は物等は刑事訴訟法上の証拠たり得るかの問題である。これは憲法第三五条に違反して取得されたものとして刑事訴訟法上の証拠能力はないものと解すべきであろう」とまで論断されているところであります。

査察が犯罪捜査でないとするなら、その明確な理由及法人税法第一五六条の法意との関連において合理的な説明説示が為さるべきであろうと信じます。

原判決は宣告の際口頭で或範囲の説示をされましたが、判決においては何等の説示はありません、不可思議に思料しています。

但し原判決のその点の不備を指弾しているのではありません。

(三)弁護人の本項の主張は冒頭に申述べました通り、岐阜北税務署員の質問に対する答えとして被告人田中久雄の任意提出した架空名義定期預金通帳乃至はその預金一覧表が査察の有力な端緒に利用されたことを前提としておりますが、その事実が証拠によって明らかになっておりません。検察官からの釈明もありません。弁護人のこの点についての解明努力-証人申請-も却下されていること繰り返し申述べました。而して弁護人の推測が当然の或いは自然の推理であろうことも申述べました。

原判決は前述した如く疑問の多い昭和四三年二月二日付平田登大蔵事務官に対する上申書、同事務官に対する同四二年一一月二七日付てん末書のみを証拠として採用し、その基礎にある査察の合法、非合法を審らかにすることなく判決に及んだことは審理不尽のそしりを免れないでありましよう。

何となれば弁護人主張の如き事実は証拠上見当らないという訳にはいかないと思うからです。即ち此の点を解明しようとする証拠申請を却下したのは原審であるからです。

重ねて申述べればこの点の解明は本件査察検察手続の死命を制する根本的な問題であると確信しているからであります。

三、判決に影響を及ぼす事実誤認の主張

(一)原判決はいわゆる架空名義定期預金は被告人田中久雄に属するものでなく岐阜ヤクルト株式会社に帰属していると認定しているものの如くであります。そのことは原判決添付の別表第一-六の修正損益計算書並にほ脱所得税額計算書によれば、各年度に年間一〇〇万円を超ゆる収入利子が逋脱額として算出されています。この収入利子を逋脱額として算出計上されていることにより、その元本たる預金が会社財産と認定されていることが判明し、その架空名義定期預金一覧表を見ることによつて、概ね査察を受ける前の昭和四二年一月、昭和四一年度確定申告の法人税法による調査がありその際税務署員の求めに応じ、被告人より任意被告人田中久雄に属するものとして架空名義定期預金通帳を一覧表を附して提出したものが、略岐阜ヤクルト株式会社に帰属するものとして、修正貸借対照表上会社財産として計上され、これが収入利子の元本であることが察知されるところであります。概ねとか、略とか察知されるということは、修正貸借対照表が証拠として提出されていないので、確定し難いからであります。

昭和四二年一月岐阜北税務署員の調査に応じて提出したのは岐阜ヤクルト株式会社財産としてではなく被告人田中久雄個人の財産として任意提出したのであります。

この被告人田中久雄個人の財産である架空名義定期預金が司法上の適確の証拠もなく会社財産なりと断定されている如く察せられるのであります。

会社財産なりと断定しその財産から生じた果実、即ち収入利子が会社の逋脱額の一部として計上されている以上、その元本たる架空名義定期預金が、被告人田中個人に属するか、会社に帰属するかについても司法上の明確な証拠によって認定される必要があろうと信じます。

然るにこの点についての検察官の主張によれば、要するに田中久雄が上申書(昭和四三年二月二日付)或いは昭和四二年一一月二七日付被告人の大蔵事務官平田登に対する質問てん末書によつて認めているから、会社帰属なんだという以外の何物でもありません。しかしその被告人田中久雄は今日田中久雄個人に帰属しているものと主張しているのであり、昭和四三年二月二日上申書(記録自第七四九丁、至七五二丁)は一種のペテンに引掛つたものであると思つているのであります。この上申書に捺印すれば、事は全部済む端的にいうならば、告発などはしないという暗示をきかしたペテンであると思料しているのであります。

そして被告人にそのような暗示を与えた具体的な税務官吏の氏名迄も挙げているのであります。そのような作成過程の上申書がどうして客観的な財産の帰属を定める資料となり得るのでしようか、多大の疑念を持ちます。

次に昭和四二年一一月二七日付大蔵事務官平田登に対する質問書問三の(記録自第一二七九丁、至七二八〇丁)終りの部分において「今回の査察調査に際しても、帳簿類が非常に杜撰で当局の調べに際し多大な御迷惑をかけて申訳なく存じております。又長く経理の方をまかせておりました成田実君が昭和三九年に病気で死亡しており、当時のことについて具体的に御説明できないことを残念に思いますが、何れにいたしましても、これらの金の出入等について、個々に具体的に証明することも出来ませんので、お調べの段階で判明しました架空名義の定期預金につきましては、すべて会社の資産として判断されましてもいたし方ありません」と述べているに過ぎないのです。このてん末書を聴き採つている大蔵事務官は、架空定期は基本的には会社に帰属しているのだ、という前提観念に支配されているようです。そんな前提が何処から出て来るのでしようか、税金を徴求するということなら、この程度のてん末書で或いは良いかも知れませんが、査察なんですから犯則嫌疑事件の資料としては何とも疑惑一杯と言わざるを得ないと思います。しかも敢えていうならば、この架空名義定期預金は査察の調べの段階で発覚されたものでないこと既に述べた通りです。告発された後の刑事事件としては、これでは証拠資料たり得ないのではないでしようか、いうならば事実に基く積極的な客観的な調査、捜査が為され、その結論で会社資産と断定すべきではないでしょうか、被告人はこれによつて断罪される訳ですから、一層その感を深くいたします。

更に検察官はいわゆる論告において、証人飯島功一の証言によれば「被告人田中は上申書について原稿の段階ですでにその内容を了承し、これを国税局に提出することを了解していたのであるから」会社帰属は明瞭だとされていますが、そんな妙な話はおかしいのではないでしようか、成程会社に帰属するという原稿が査察官側から示され、その通りの案文が飯島功一の手許で出来上つたことは事実でありましようが、捺印する段階では飽く迄も被告人田中の問題である訳でしよう、その捺印の際に一種のペテンが行われたこと前述の通りであります。疑惑が多くなつただけの話であって、だから会社に帰属することが信用できるのだということは余り短絡に過ぎる論理だと思料されます。更に検察官は「実際にも右定期預金は被告人会社が融資を受けるため使用されており被告人田中のためには一切使用されていない」事実からも架空定期が会社に帰属することは「疑う余地がない」と明言されているが会社の負債に対して、会社代表者等がその保証をすることは経済社会においては極めて常識的なことであり、特に中小企業法人に於ては喫緊の必要事として日常茶飯事であることを思えば理由にならない理由のように思料されるのであります。これをう呑みにされた原判決に対し多大な疑念を抱くのであります。

要するに査察の結果何が故に、いかなる理由によって被告人田中久雄に属する架空名義定期預金が会社に帰属していることになつたのかは少くとも証拠上は全く不明であります。修正貸借対照表上は会社資産として計上されているものと察せられるのでありますが、その修正貸借対照表は法廷に顕出されず、従つてそのことについて詳細な説明を受くることもなくまたそれについての論議も遮断されているのであります。修正貸借対照表が提出されない以上総べて仮定の議論となつてしまうからです。まさか国税査察官が会社に帰属すると認定したから会社財産なのだとされている訳ではなかろうと思います。

逋脱事実の一として収入利子が計上されている以上架空定期預金が誰に帰属するかということも厳格な証拠によつて認定しなければならない要件事実であると信ずるからでもあります。

更にいうならば査察という国犯法上の調査は成る程形式的に犯罪捜査ではないとしても徴税を目的とした法人税法の調査と異り犯則の嫌疑のもとに告発を終局の目的として犯人及び証拠を集収する手段であるから形式的には行政手続であつても、実質的には刑事手続に類する性格を有するものであることを認識する必要があります。殊に本件は既に告発が為され起訴が為され審判の対象となつているのであります。

要するに架空名義による定期預金が会社財産であるという証明は何もないというの外はありません。従つてこれを会社財産たることを前提としている原判決は事実を誤認したというの外ありません。果して被告人はそのことについて検察官に対しては査察官即ち大蔵事務官に述べた趣とはニユアンスの異つた供述をしています。(昭和四三年一一月一八日付検察官に対する被告人の供述調書第三項)(記録自第七六五丁至七六六丁)そして会社に帰属する等一言もいつていません。更に被告人は岐阜ヤクルト株式会社設立に際し、従前所有していた熊本、福岡、佐賀、三重、名古屋、関東地方のヤクルト販売営業権を昭和三五年頃迄に売却処分したことを立証しており、(記録自第九九六丁乃至一〇〇四丁)その額はその当時の金額として合計二、一四〇万円に達しているのであります。加之このことは従来論議或いは主張の対象となりませんでしたが、当然のこととして岐阜県内における被告人田中久雄個人の販売権の問題がある筈です。

(二)右の如くいわゆる架空名義定期預金が被告人田中久雄個人所有に属するものとするか、或は会社に属することが証拠上認められないとするなら、当該年度における修正貸借対照表上会社の総資産からその分だけを控除しなければならないのであつて、総負債との対比上当期利益金は減らなければならないこと当然であります。そうなつたら原判決に添付してある当該年度の修正損益計算書と不一致を招来すること亦当然と思料されるのであります。勿論修正損益計算書上の収入利子の計上も出来ないことになり、原判決添付の修正損益計算書はその根底から瓦壊せざるを得ないと思料されるところであります。

(三)特に強調したいことは本件査察の結果査察官において作成された修正貸借対照表は最後まで公判廷に証拠として提出されませんでした。申すまでもなく会社の経理計算において年度の締めくくりとして当該年度の貸借対照表が作成されます当該年度における当該会社の総資産と総負債が比較され総負債の額を超える額が当該年度の利益金となること当然の理であります。而して損益計算書が同時に作成され、算出された当期利益金が右の貸借対照表の利益金と一致することによつて相互に検証する作用を為しているものと思料いたします。貸借対照表と損益計算書は不離一体を為すべきもので簿記会計学上からも、会計原則、財務諸表規則からも当然同時に作成しなければならないものでいわば両表は唇歯輔車の関係にあつて経理証明上重要な文書であります。当期利益金の確定はこの両面より為されねばならないと信じます。斯くの如くして当期利益金が客観的に確定され、被告人らの確定申告との比較において断罪の基礎数字たり得るものと思います。而して損益計算書のみの計数に疑問のある場合は貸借対照表の当期利益金と相互に検証しあつて当該年度の利益金を確定し断罪の基礎を確定することは検察官の証明責任に属するものと信じます。然るに本件において修正損益計算書における当期利益金に疑義が存しているとの被告人側の主張が存しているに拘らず検察官は証明責任としては修正損益計算書のみをもつて足るとされ、いわゆる修正貸借対照表を証拠として法廷に顕出することを拒否し続けて来られました。弁護人は修正損益計算書のみを以つてしてはいかなる総資産と、総負債が比較されて当該年度の利益金が算出されたのか不明であり、従つて客観的な確定と言い難いので修正貸借対照表の提出を求めて前言の如き相互検証の結果によつて感得しないとしていた訳であります。

その提出がない限り修正損益計算書は一方的独断的な数字というの外ないのであつて少くとも断罪の確定的資料たり得ないと思料しているのであります。一例を示しますと修正損益計算書に確定申告書の計上洩れとして収入利子各年度一〇〇万円余円が計上されています。右の如き収入利子は被告人側としては思い当る節がない訳でありますところ、修正貸借対照表を見ることによつて被告人田中久雄個人に属すると信じていた架空名義定期預金が会社に帰属するものと認定され、その利息定期預金利息であることが諒承される訳であります。

修正貸借対照表が顕出されない限り、左様な収入利子は知らぬ、不存在であるということにならざるを得ないと思います。被告人は田中久雄個人に帰属しているものと信じているからであります。このように計数上疑念がある以上検察官はその責務上立証を尽す義務があると信じます。

原審において被告人が提出を求めている貸借対照表を法廷に証拠として提出することを拒否しているその理由は不明でありますが、その証拠不提出をそのままにして審理を終ることは証拠として提出されている修正損益計算書の計数の検証もなしに検察官主張をそのままう呑みにすることであつて到底納得する訳にいきません。そしてその検証は不能事でないこと前述のとおりであります。ここでも審理不尽の謗りを免れないと思います。被告人は修正損益計算書の計数に納得していないのです。

これを要するに原判決が原判決添付別表第一表乃至第六表により認定されたほ脱事実のうち収入利子については収入利子の元本架空名義定期預金の帰属を漫然会社資産なりと認定した結果によるものであつて、その認定(元本を会社帰属とする認定)自体不確実な証拠による認定であり誤つた認定であり、厳格なる証拠によらない誤つた事実の認定であると思料するのであります。

以上縷々申述べましたが、被告会社岐阜ヤクルト株式会社ならびに被告人田中久雄に対する原判決を破棄され相当の判決を賜りたいのであります。

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